【読んだよ〜】小川洋子『元迷子係の黒目』ヌマエビのフンの描写あたりがいい

小川洋子『約束された移動』という文庫本に収録されている三作品目『元迷子係の黒目』を読んだので、備忘録をば。

p94、p95引用。語り手が水槽を掃除するときの描写について。
「冷たくもなく温かくもない中途半端な温度は、人を不穏な気持ちにさせた」という表現ははっきり言って微妙かな。「人を」って、あえて普遍化させる意味がない。効果もない。あくまで語り手の実感として「不穏な気持ち」になったのであって、ここで「人を」と対象を広げてどうする?魚の世界と人間の世界との隔絶、干渉を描きたいとしても、「人を」と一般化するのはやりすぎ。別に「不穏な気持ち」にならない人もいるよ?こうやってぼやかして書くところに誠実さがなく、表現として稚拙である。

「咄嗟に、末の妹の黒目を握ったのか、と錯覚する」も、強引だな。ドキッとさせる効果も薄い。そもそもこの水槽掃除の描写では触れなくていい。末の妹と水槽掃除をなんとか結びつけたい気持ちはわかるけど、素人じゃないんだからこんな結びつけ方をしてはいけない。つまり、この一文は不要である。語り手が語る水槽掃除の嫌さ加減や不気味さは、単純に描写しておくだけで十分。読者には暗示がわからないとでも言いたいのか?まるで作者が「さあこれから、末の妹の黒目の話をするんだからね、ここの伏線、わかっててよね」みたいな押し付けがましさを感じる。本当はここで読むのをやめてもいいくらい。有名な作家ですらこんなんだから、そりゃ若者はYouTube観るわ。でも、感想を書かせてもらう以上、私は通読しますよ、いちおう。読み勧めていくと、p117引用「それは、熱帯魚たちの居場所を侵害する罪悪感に苛まれることも、黒目に触れる錯覚におののくこともなく苔を取り除ける、素晴らしい方法だった」があり、水槽掃除と黒目の復習兼フラグ立てとなっている。末の妹の黒目と熱帯魚の黒目は物語を通じて大事そうに扱っている対象だが、感想としては結果的にあまり深みは出なかったかなという印象。

他にも強引で稚拙な部分はある。たとえばp98引用「日頃、協調性がないと担任の先生から繰り返し注意されても、どう直したらいいのかわからないでいた私にとって、彼女の二個の黒目こそが、謎の意味を象徴しているように見えた」というところ。これも、序盤の表現として焦りすぎ。「謎の意味を象徴」って、大げさすぎる。読者がこういう気分に浸っていないのに、唐突にこんな言葉を置いている。やはりどんなに考えても、効果をあげているとは言えない。語り手は子どもという認識で読んでいるのに、「謎の意味を象徴しているように見えた」は、変なんだよ。そりゃ作家であるあなたが黒目をして「謎の意味を象徴」しているように書きたいのは事実だろうけど、それをどんなふうにして描くかが小説じゃないんですか?ご立派な作家先生に対して、こんな感想書きたくないよ…。同様にしてp99引用「私は畏敬の念を抱いた」も変です。畏敬という単語はここで使うべき雰囲気の単語なのか、もう少し日本語を吟味して記述してほしい。センスを疑う。作家は歳を重ねているかもしれないけど、語り手はちがうんだよ?

文学はあらゆる分野にデリカシーなく切り込んでほしいが、無自覚無神経に書くのとは別であることを作家は知るべきだ。
p101引用「デパートに復帰した末の妹は、再び一番下っ端からやり直した。エレベーターガールや案内嬢といった表舞台とは縁遠い、事務所、警備員室、倉庫などが主な職場だった」この部分について。「一番下っ端から」という表現はかまわないのだが、あえて「一番下っ端」と表現したうえで「事務所、警備員室、倉庫」に結びつける必然性がこの物語にはない。「縁遠い」と書くことで遠回りに容姿について言及したのかもしれないが、それであれば「下っ端」とは結びつかない。至極当たり前のことすぎるが、偉い人は普通に事務所にいる。コピーをとることや単純な事務作業を想定して言ったのかもしれないが、作家の人生経験不足か?なんにせよ、いらないところでいらないことを書いて、物語の品質を落とさないようにするということは、すべての作家に必要なことである。

p102-106のグッピーとゴールデンネオンテトラの描写。ここはとてもいい。熱帯魚の姿かたちや泳ぐ様子などの描写も細やか。末の妹と「私」の会話や振る舞いも自然。p101までの物語の不出来具合に吐き気がしそうだったが、この箇所を読んで肺の空気が入れ替わった。

p122あたりもいいと思う。事実と残虐性と子どもの素直な感想がきちんと描写されている。ヌマエビのフンの部分も、それまで華麗に生きていた熱帯魚との対比ができていて、効果をあげている。悪気はなく、むしろ改善しようと工夫したことが裏目に出てしまうという経験は、ほとんどの人が持っている。共感と同情の感情が湧き上がる素晴らしい描写。この短編の一番読み応えがある部分。

語り手が末の妹と組んであえて迷子になっているところについて苦言を。p130引用「可愛いわねえ」などと言う大人に対する語り手の冷ややかな反応は、むしろ陳腐。もうね、子どもはこんなふうに感じられること、知っている人多いです。こういう細かい部分のテンプレ記述が、物語の気分を損ねる。ありきたり。内心冷めているのはかまわないが、それを描写する方法はありきたりじゃだめだよ。作家の力不足。

小川洋子の短編集はツッコミどころ満載だなあと感じる。次の短編は『寄生』という物語。また読み進めていこう。

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