【名言・内容まとめ】『ゲーテとの対話 上』 (岩波文庫) | エッカーマン, 山下 肇

岩波文庫エッカーマン著『ゲーテとの対話(上)』より引用している。
『ゲーテとの対話』は、かの有名な哲学者ニーチェも絶賛していた名著。一度は読んでみることをおすすめする。


これが果たして将来の私の全集におさめるだけの値打ちがあるかどうかを、私は知りたいわけなのだ。私自身はこれともうあまりにも距離ができすぎてしまっているので、判断ができないのさ。


どんなすぐれた人たちでも、大家の才能をもち、この上なしの立派な努力を重ねる人たちこそ、大作で苦労する。私もそれで苦労したし、どんなマイナスを経験したか、よくわかっている。


現在には現在の権利がある。その日その日に詩人の内部の思想や感情につきあげてくるものは、みな表現されることを求めているし、表現されるべきものだ。


さしあたっては、いつももっぱら小さな対象ばかりを相手にし、その日その日に提供されるものを即座にてきぱきとこなしていけば、君は当然いつでもよい仕事をはたして、毎日が君に喜びをあたえてくれることになるだろうよ。


とにかく差し当たって大物は一切お預けにしておくことだね。君はもう十分に長いあいだ努力を重ねてきたのだから、今は人生の明るいのびのびしたところへさしかかったときなのだ。これを味わうには、小さな題材を扱うのが一番だよ。


彼らの多くには、軽妙な生きいきした描写の能力が欠けているよ。自分の力以上のことをやろうとばかりしてね。この点で、私は彼らのことを無理をする才能とよびたいのだ。


一般的なものに留まっているかぎりは、誰にでも模倣されてしまうが、特殊なものは、誰もわれわれの模倣をすることができない。なぜかといえば、他の人たちはそれを体験していないからだ


特殊なものは人の共鳴を呼ばないのではないかと心配する必要はない。すべての性格は、どんなに特異なものでも、みな普遍性をもっているし、描かれうるものは、石から人間にいたるまで、すべて普遍性をもっている。なぜなら、万物は回帰するのであって、ただの一度しか存在しないものなんて、この世にはないからだ


重要なのは、小さなものの中に、もっと大きなものを認めるための目と世間知と洞察力を十分持ちあわせていることなのだね。


私の常として、すべてを静かに胸にしまって、完成されるまで誰にも知らせない


つらい思いも忍耐も学んできた


苦労と仕事以外のなにものでもなかったのだよ。七十五年の生涯で、一月でも本当に愉快な気持で過ごした時などなかったと、いっていい


精力を散漫に浪費しないように注意すれば、彼は、相当なものになれるだろう


実際、人間には、自分がその中で生れ、そのために生れた状態だけが、ふさわしいのだからね。偉大な目的のために異郷へかりたてられる者以外は、家に留まっているほうがはるかに幸福なのだ


一方をやれば、他方はおろそかになり、忘れられてしまう。だから、賢明な人というものは、気を散らすような要求は一切しりぞけて、自分を一つの専門に限定し、一つの専門に通暁するわけだよ


時代というものは不思議なものだよ。暴君のようなもので、むら気であり、世紀がかわるたびにひとの言動に対して、別人のような顔をしてみせる


世の中の状況というのは、永遠に、あちらへ揺れ、こちらへ揺れ動き、一方が幸せに暮らしているのに、他方は苦しむだろうし、利己主義と嫉みとは、悪霊のようにいつまでも人びとをもてあそぶだろうし、党派の争いも、はてしなくつづくだろう


いちばん合理的なのは、つねに各人が、自分のもって生れた仕事、習いおぼえた仕事にいそしみ、他人が自分のつとめを果すのを妨害しないということだ


霊魂不滅を信ずるものは、ひそかに幸福にひたっていればいいので、それを自慢するいわれなどないのだ


森羅万象の中に理性をもちこもうとしても、人間の卑小な立場からでは、全くの徒労に終るだけだ。人間の理性と神の理性とは、まるっきり違ったものだからね


死を考えても、私は泰然自若としていられる。なぜなら、われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠に向かってたえず活動していくものだとかたく確信しているからだ。それは、太陽と似ており、太陽も、地上にいるわれわれの目には、沈んでいくように見えても、実は、けっして沈むことなく、いつも輝きつづけているのだからね


君が生涯の信念としてもてることを教えてあげよう。自然の世界には、われわれが近づきうるものと近づきえないものがあるということだ。これを区別し、十分考慮し、それを尊重することだ。(中略)これがわからない人は、おそらく一生涯、近づきえないものに取りくんで苦労し、結局、真理に近づくこともできないだろうよ。ところが、これを知る賢い人は、近づきうるものだけをよりどころにするだろう。


この世ですでにれっきとしたものになろうと思い、そのため、毎日毎日努力したり、戦ったり、活動したりしなければならない有能な人間は、来世のことは来世にまかせて、この世で仕事をし、役にたとうとするものだ。その上、不死の思想などというものは、現世の幸福にかけては、最も不運であった人たちのためにあるのだよ


純粋の、真に偉大な才能ならば、制作することに至上の幸福を見いだすはずだ


比較的才能のとぼしい連中というのは、芸術そのものに満足しないものだ。彼らは、制作中も、作品の完成によって手に入れたいと望む利益のことばかり、いつも目の前に思い浮かべている。だが、そんな世俗的な目的や志向をもつようでは、偉大な作品など生れるはずがないさ


人生何事も、成功しようとするなら、最後までやりとおさねばならない


巨匠の域に達するために、じっくり仕事をつづけるだけの忍耐と才能と勇気を心中に感ずることのできる者は、ほとんど一人もいないことはたしかだ


要するに、君は、散漫にならぬように注意して、力を集中させることだよ。私にしたところで、三十年前にこれだけの賢明さがあったなら、まるっきり別の仕事をやっただろう


君にとってなんの成果にもならぬこと、君にふさわしくないようなことは、すべて放棄したまえ


必要もないというのに、そんなものにかかわりあうことはないよ


馬鹿は馬鹿のするにまかせておこう。馬鹿につける薬はないさ。それに、本当の才能ある人はちゃんと自分の道を見つけるものなのだ


人はただ自分の愛する人からだけ学ぶものだ


本当に他人の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはいけない。まちがったことなど気にかけず、どこまでも良いことだけを行なうようにすればいい。大事なのは、破壊することでなくて、人間が純粋な喜びを覚えるようなものを建設することだからだ


いたるところで、一人ひとりが自分を立派に見せようとしている。どこへいっても、全体のため、仕事のために自分自身のことなど気にならないような誠実な努力家は見あたらない


実は一人ひとりが自分を特殊な存在につくりあげなければならないのだ。しかし、一方また、みんなが一緒になれば何ができるかという概念をも得るように努力しなければならない


結局、最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものをいうのだ


私はまったく多くの時間を浪費しすぎた(中略)自分の本来の専門でもないことにね。(中略)私は、もっと自分の本来の仕事に専念すべきだった


一つの事に徹して、偉大であるということはどういう意味なのか、またそのために何が必要なのか、ということを、いつも今さらのように悟ることになる。


独創性ということがよくいわれるが、それは何を意味しているのだろう!われわれが、生れ落ちるとまもなく、世界はわれわれに影響をあたえはじめ、死ぬまでそれがつづくのだ。いつだってそうだよ。一体われわれ自身のものとよぶことができるようなものが、エネルギーと力と意欲の他にあるだろうか!私が偉大な先輩や同時代人に恩恵を蒙っているものの名を一つひとつあげれば、後に残るものはいくらもあるまい


すべてが現状のままであるかぎり、ほとんど何も期待できないということだ。時代のよいものをすべてすばやく自分のものにして、それによってすべてのものをも凌駕するような偉大な才能が現れなければならないのだ。その手段はすべて目の前にあるし、道は示され、軌道まで敷かれている


たいていの人間にとっては学問というものは飯の種になる限りにおいて意味があるのであって、彼らの生きていくのに都合のよいことでさえあれば、誤謬さえも神聖なものになってしまうということだったよ


たとえば***は、偉大な才能とか世界的な学識を持っているのだから、国民にとって大物になりえたにちがいない。ところが、性格がもろくて弱いために、国民になみなみならぬ影響を及ぼすこともできなければ、自分自身も国民の尊敬を得ることができなかった


レッシングのような男が、われわれには必要なのだ。彼が偉大なのは、その性格や意志の強固さによるもので、それ以外に何がある!あれくらい賢明で、あれくらい教養のある人物なら、他にもたくさんいるが、あれくらいの性格がどこにある!


じつに才たけて知識も豊かな人は大勢いるが、同時に、虚栄心も強い。近視眼的な大衆から才気のある人とほめられたい一心で、恥も外聞もなくしてしまう。彼らにとっては、神聖なものなどまったく存在しないのだ


どんなにあらゆる点で才たけていても、結局それだけでは世のためにもならないし、それだけでは少しも建設的なところもない


われわれは、いっそう高い格言を、それが世のためになるかぎりにおいてのみ述べるべきだろう。それ以外のものは、自分ひとりの胸中にしまっておけばいい


われわれの行動には、すべて結果がともなうが、利口な正しい行動が、必ずしも好ましい結果をもたらすとはかぎらないし、その逆の行動が必ずしも悪い結果を生むわけでもなく、むしろ、しばしばまるっきり正反対の結果になることさえあるね。(中略)こういうことをよく心得ている世間人は、じつに大胆に、横着に仕事をしているのが目につくよ


勇気だけはふるいおこして、すみやかに決断しなければならない。それはちょうど、海水浴のとき、水を見て尻込みしているようなものだ。ただもうひと思いに飛びこんでしまえばいいのさ。そうすれば、水の方が、われわれの思うままになってくれるよ